衣替え


祖母が永遠のシャバアーサナに入り、
衣替えのため、今までの体は火葬しました

リハビリのために入院したのが6月、
元気になって帰ってくると前向きな思いでした
亡くなる一週間ほど前に、後1・2ヶ月と言われ、
何のことか分かりませんでした

そんなんで、実際に現実はよく分かりません


カルマ  形あるものは必ず壊れる  ・・・

なんとねー

お悔やみや哀しいことだねとか声をかけられてもよく分からないし、
連鎖反応で哀しそうにしている様に人が映る気もした

だから、自分が哀しいのかって、自分と向き合った
向き合ってみたから、よく分からなかったのかもしれない
素直じゃないのかな~

仕事もあったから、考えないように努めたさー  考えないようにしたら、何ともないのかも
でも、弔辞を読むのに、自然と涙が溢れてきた  これがきっと真我の声なんだろうな
また少し、自分が見えたよ
考えないようにしたら、自然と涙がでてくるのかも
どちらかはよく分からない  でも、心と真我の違いがなんとなく分かったような気もする

和尚さんが、  心は形がないのだから表現しないと分かりませんね  とおっしゃっていた

それもそうね  でも、心に振り回されてはいけない   
人の死があったとき穏やかではいられない って  そうだろうか?

カルマ

こういうときこそ自分を見つめ  心の波を立てないこと  それがヨガなんだろうなと思うと、
自分の執着も伺える

形あるものに意味をもたせないこと  形のないものに惑わされないこと

祖母の肉体はない  声ももう聞こえない 思いではある でも、過ぎたことに耽っても仕方ない

好きでない自分や、認められない自分を受け入れてうまく付き合うこと
祖母から受け継いだ彼女らしい個性や性格を生かすこと
そうやって自分と向き合うこと、彼女の死を通して私に与えられたギフトだと思う

哀しみを伝えたくはなかった  感謝の気持ちを伝えたかった  そんな弔辞を読みました

良い弔辞だったとお褒めの言葉を沢山の方にいただきましたが、
みんなも自分と向き合うことへの気付きのヒントになれたら良いなと思った

ウソは言わない  繕わない  ・・・Satya   
Om Satyam Shivan Sundram





  

2008年07月29日 Posted by ガネーシャ*ヨガ*スペース at 18:03Comments(2)つぶやきヨガ